日本共産党板橋地区委員会の救援ボランティアに参加しました。総勢37名で、救援物資のお届けと要求の聞き取り活動を行いました(7月7日~8日)。

夜行バス(しかも普通の観光バス)で、結局ほぼ「徹夜」で現地入り。日本共産党震災・救援(石巻)対策センター(宮城県東部地区委員会)にはすでに、日本共産党東京都委員会や各地区委員会から派遣されたメンバーがいて、さながら選挙応援に来たようでした。
私達の仕事は、鹿妻(かづま)地域の県営住宅で無料バザーを行うというものでした。10時過ぎに住宅内の公園に到着。すでに数名の若い子ども連れのお母さんたちが待っていました。私は、ハンドマイクで近所に呼び込みに歩きました。(なんだかいつもと変わらない仕事で「日本共産党です。今日は東京の板橋から37名で、救援物資のお届けに来ました。気兼ねなくお出かけください。お困り事がありましたらお気軽にご相談ください」とよびかけました。あっという間に行列ができ、200名分余りあったという物資は1時間ほどでなくなってしまいました。震災から4ヵ月経って、本当に生活用品に困っている暮らしが続いていることを実感しました。「娘の高校もみんなバラバラ。街灯をつけてほしい。帰り道が真っ暗で怖い」「鹿妻橋の復旧を早く」「水産関係の仕事をしていた。夫の年金だけでは暮らしていけない。仕事がほしい」など切実な声や「共産党の方々には本当にたくさんのものをいただきました」と感謝の言葉も次々に寄せられました。もっともっと、きめこまかな、継続的な支援が必要だと痛切に思いました。
午後から津波の被害がひどい地域をバスで回りましたが、見渡す限りすべてが失われてしまっている場所に立って、そこに人々が暮らしていたことの実感が湧きませんでした。ここに家族の生活があり、不況の中でも精いっぱい働いていた人たちのくらしがあったわけで、この町のこれからのことは、その人たちがどうしたいかということ抜きには絶対に考えられないと思いました。
これからも地域から、もっともっと支援の活動を続けていこうと思います。